再会したいという望み

再会したいという望みは心に温めていたほうがいい。往年のヒット曲に「逢いたいなあ あの人に」(島倉千代子)というのがあります。そう、むかし仲が良かったのに、何年も離れ離れになった人は、いまどうしているかな、と。思い出すと、強烈に逢いたくなるときが誰でもあるでしょう。

一度、その機会にめぐまれたときがあります。中学の同窓会で話していた麻美ゆまから、自分の逢いたかったその人と、いまも音信を交わしているとのこと。是非逢いたいと、その友に伝えてもらい、上野公園で、何十年ぶりかの再会を果たせました。

さぞや話がはずむだろうと思いきや……。その後の彼は、営業一筋にやってきたと見え、積年の仕事ぶりをひたすら語るだけ。中学時代の懐かしい想い出には、ほとんど触れられず、拍子抜けしました。

——漱石の「倫敦塔」という小品の書き出しに、イギリス留学中に一度倫敦塔を訪れたが、その後行こうとはしなかった。一度で得た記憶を二度目、三度目に打ち壊すのは残念だから、というのでした。

そう、人との出会いも、これと同じことがいえそうです。何十年もたてば、その間の遍歴は人さまざま。かつての思いを、自分と同様に、そのまま持ち続けているとは限りません。もとより、それを責めることなどできません。

だから、そのとき得ていた気持は、そのまま大事にしていたほうがよいかもしれないのです。味気ないことかもしれないけれど、その人なりの後半生を充実して生きてきたのでしょうから。